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えりも岬 3

  宿に着くと、すでに先客がいた。広島から軽で2000km走ってきたという初老の男性と横浜からご夫婦とお嬢さん二人を連れてきたご家族。いずれもこの宿を手伝ったことがあるOBのようだった。

夕食が出来たというので食堂に行くと、ジンギスカン鍋に火が入れられ、もう宴がはじまっていた。

しばらくすると、中学生の時に手伝っていたという地元の女性も加わり、昔話に花が咲く。それぞれが20年ぶりぐらいの再会のようだ。この宿が5月で閉鎖されるというのでその前に駆けつけてきたらしい。

やがてアルコールがまわり、興が乗ってくると、誰かがギターを持ち出して「岬めぐり」をやろうという。ここにはユースホステルの時代から「岬めぐり」を独特の振り付けで踊る伝統がある。

youtubeさんに他の方がアップしたのがあったので。こんな感じ。

https://youtu.be/eN60b62f1CU

https://youtu.be/mLONkrNNFpw

その夜うん十年ぶりに息を切らしながら「岬めぐり」を踊った。

そして、37年ここをやっている名物女将も自作の歌を披露したりして、えりもの夜は更けていった。

 鎮魂の旅のはずが、この夜ばかりはえりものノリに飲み込まれてしまった。まぁ、彼もきっと楽しんでくれたと思うけど。

それでも同宿の人たちとずいぶん深い話もした。たぶん記憶の中の昔の旅はこんなスタイルだったと思う。

今は自分が既に峠を越していて、外観でいえば怪しく感じられる世代になったせいもあるけれど、旅に出ても知らない他人になかなか声を掛けられない。

へたをすると「こんにちは」というだけで警察に通報されかねない。

 翌朝、女将が早く用意してくれた朝食を掻き込み、7時5分のバスに飛び乗る。このバスを逃すと19時の新千歳発羽田行の飛行機に間に合わない。

日高本線の事実上の廃線によって、旅人を頑なにまで拒んでいるとしか思えない秘境になってしまった。女将が宿の廃業を決心したのもそれが一番の理由だという。

あとは、新しいゲストをもてなす気力がもうないのだそうだ。それでも、宿を廃業して、片づけが終わったら札幌でおしゃべりカフェを開業したいという。

「夢はもち続け、実現しなくしゃね」と豪快に笑う65歳の女将は素敵だ。

2017/03/20 2:56