読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

〓気づき

孤独死などの、今の世の現実を知って置くことも大事

(先祖供養について)

ドキュメンタリー番組で「遺品整理士」(いひんせいりし)という御方の仕事を撮影したものを見ました。

近年では孤独死(こどくし:一人暮らしの人が誰にも看取られることが無いまま急死し、日数がかなり経過してから発見される死)

をされる人が年齢によらず増加中です。

病院や自宅で家族に見守られながら死を迎えることが出来る人は、本当に幸福な人かも知れません。

医師から聞いた話では、最近は親族や子供に危篤の連絡を病院側が何度も苦労してしましても、

「死んだら教えてください」の一言の子供もいるとか。

そして御遺体の引き取りは業者任せです。一度も病院に来なかったと。

国会議員がわざわざ「親孝行の奨励」は個人の自由を害する憲法違反では無いのか?

と真剣に与党に詰問する姿を最近の国会中継で見ました。他の先進国では決して見ない光景です。

すべては今の教育が為せる姿です。

その一方で、酷いDV・暴行を公共の場所で行っている親が増えているようです。

私の知人も先日にスーパーで、祖父のような男性が幼稚園ぐらいの男子の顔をフルスイングで何度も殴打している様子が止まらなくて、「このままでは子供が殺される」と思って店員を呼びに行きましたが、戻って来た時にはもう居なかったとのことです。

あまりにも男性の様子が普通では無かったので、女性には止められる雰囲気では無かったようです。

そんな目に遭った子供が大人に成れば、やはり複雑な観念を持つかも知れません。

とにかくこれから、戦後教育の反射が社会に出て来ます。

今の日本の経済の繁栄を創造した年代の方々とは、今ならば「それは憲法違反だ」と非難されるような厳しい教育を受けた人々だという事実があります。

今の「自由な教育」「ゆとりある優しい教育」が、逆に親の死も放置する、子供にDVする親、を増やすならば本当に皮肉なことです。

ここにも老子が言う「すべては逆に成る」が炸裂していると思えて成りません。

私が遺品整理士の番組を見て、一番に心に残った内容は、

(1)社長さんは、若い頃に都会でサラ金業の社員をしておられました。その時に厳しい取り立てや、人が追い込まれて行く様子を何度も見たようです。

そして、自分に子供が出来た時に思ったことが、これでは生けない。

「他人に喜ばれることをしたい」

と心から思われたそうです。それで転職をされました。

数々の修羅場を見た男性が、今では優しい顔に成られて、神社に毎月参拝することを欠かさないそうです。

(2)孤独死をされた方の遺品整理を仕事としている社長さんは、「故人の思い出を何か親族に渡したい」という思いをお持ちでした。

だから遺族から頼まれてはいませんが、故人が生き生きとしていた頃の写真が見つかれば、数枚ですが薄いアルバムに加工して、仕事終了後の報告挨拶の時に手渡すことを習慣にされていました。

でも、渡された家族の反応は、非常に微妙な感じでした・・・。

「もう見ることは無いが」という遺族からの言葉を聞いた時に、社長さんの顔は何とも言えない表情で、ただ無言でうなずくばかりでした。

その場面に、コノ世の儚(はかな)さを見る思いがしました。

家族が居ても自分の孤独死を想定して、誰もが生活をしたほうが良さそうです。

だからこそ、人は謙虚に、普段から先祖に感謝をする習慣が大切だと私は思うのです。

自分で自分自身の死後の「自分の霊体の後始末」「自分への供養」を、生きている間に自分ですることが可能なのです。

それが、感謝だけを置いて行く供養なのです。

正しい先祖供養は、先祖も救いながら、実は死後の自分も救って行くことを知って置いてください。

これは私の転生記憶と、魂の流れを観て来た経験から提示していることです。

これを信じる必要はありません。

でも、自分が正しく先祖供養をして行けば、何かが腑に落ちて自分自身で分かることでしょう。

Pleiades.の髭男